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福澤さんの悩みを共有してみよう

いろんな人に悩みをうちあけたら、「それは誰でも同じことだ」という旨を言われることが非常に多いなと思いました(なんかあまり親切じゃないですよね)。それならば、悩みを共有できる場を作って、少しでも多くの人が見せかけでも安心が得られるように、とブログを作ることにしました。

自分のものさしは、とてもしつこい

こんにちは、こんばんは。福澤みさき(@misky42)です。

私は、常日頃、できるだけ自分を客観的にみるように意識したいなあ、と思っています。
自分の考えについて「本当に正しいのかな」と自分を信用せずに疑ってみるようにしています。
しかし、どんなにがんばっても、気が抜けて忘れてしまうのか、意識が足りないのか、主観的にものごとをみてしまうことがあって、凹みます。

たとえば、自分と違うタイプの性格の人が考えていることについて、誤解してしまうことがよくあり、悩みます。
私は、なんでもオープンな性格で、なんでもはっきり言ったり、主張したりすることができます。
一方、世の中には、私とは違って、思っていることを言葉や態度に出すのが苦手で、なんでもうまく簡単に話せるわけではない、という人もいます。

私も「ある程度の内容」のことになれば、「こういうことは言いにくいだろうから、相手は言えないだろうな」と思い、相手の心の中の本音をなんとか読み取ろうとします(超能力者じゃないのでそんなことは無理なんですけれども、無理は承知で、なんとなく、こういうことを相手は思ってるのかな~、と3パターンくらい相手の思考の予想をします)。
しかし、自分の想定を完全に超えた事態になると、「え、なんで言葉に出して言ってくれないんだろう。なんで表情や態度に出してくれないんだろう。私、嫌われてるのかな……(不安)」なんて、とんでもない勘違いをしたりします。
丁寧に探ってみると、実は、私が「こんなの、誰でも言葉や態度に出せるでしょう」と思い込んでいたことが、実はその相手の人にとっては「とても言葉・表情・態度に出して言える内容や状況ではない」ということが判明、なんてことがあったりしてね。

そんな感じで、どんなに自分をうたがってかかっても、「自分の考えを信用しないぞ!」とどんなに決意しても、「自分のものさし」と言うものは、無意識に、しつこく、自分の脳みそにへばりついていて、なかなかはがれ落ちることがありません。
無知の知(英語でいうところのI know that I know nothing)」という哲学者ソクラテスの有名な言葉がありますが、この「無知の知」に至るのは、とても難しいことだと、日々実感します。

もしかすると、「知らない」ということを知らずに生きるとか、自分でなんにも考えずに人に流されて長いものに巻かれて「はいはい」と生きるとか、あるいは誰の話も聞かずに自分の主張だけで生きるとかするほうが、楽で幸せなのかもしれません。
しかし、それでは、私の大切な人たちを大切にしていないことになると思うし、自分のことも本当にわかってもらうことはできないかもしれないし、その結果、(私自身の考える)「幸せ」にたどり着けないのではないか、と思うのです。
私は幸せになりたいから、愚者なりに、少ない脳みそを動かしつつ、今日も、(楽ではないけれど)こういうどうでもいいことを考えて、生きていきたいと思います。

 

ソクラテスの弁明・クリトン (岩波文庫)

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