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福澤さんの悩みを共有してみよう

いろんな人に悩みをうちあけたら、「それは誰でも同じことだ」という旨を言われることが非常に多いなと思いました(なんかあまり親切じゃないですよね)。それならば、悩みを共有できる場を作って、少しでも多くの人が見せかけでも安心が得られるように、とブログを作ることにしました。

菅井くん(仮名)の言葉だけを、一生こころの支えにして生きていくだろうな、と思った話

私が小学校6年生のときの話です。
※私は1984年生まれ、現在31歳なので、今から20年くらい前の話です。

私のクラスに菅井くん(仮)という男子がいました。
菅井くんは、クラスの中でもイケメンの男子で、人気投票で1位になったことがありました。
(ちなみに、同率1位の男子がもうひとりいて、その男子と菅井くんがイケメンのツートップという感じでした)
菅井くんは、色が白くて、とてもきれいな顔をしていて、とても勉強ができて、とても物静かで、あまりしゃべらない男子でした。
近所に住んでる幼馴染の女の子と仲が良くて、家庭環境があまりよくなかったようで、よくその女の子の親とも仲良くしているようでした。

っていうのは、2学期までの菅井くんです。
菅井くんは、3学期になってから、物静かな性格だけが、かわりました。
なぜなのか理由や原因はわかりません(家庭環境に変化があったのか?)。
とにかく、人がかわったように、よく人前で元気にしゃべるようになり、明るくなりました。
顔がきれいで、勉強ができるところは、かわりませんでした。

そんな男子として最強な菅井くんが、私にかけてくれた言葉が31歳になった今でも、ずっと忘れられません。
菅井くんが、あるとき、私に対して、「みさきちゃんは、かわいいよ」と言ってくれたのです。
どういう話の流れでそう言われたのかは、忘れてしまいました。
菅井くんにとっては何気ない一言で、特になにか意味があって言った言葉ではなかったのですが、
私はとてもこの言葉がうれしく、ありがたく、ずっとずっと忘れられないでいます。

それは菅井くんが、かっこいい男子だったからというのもあるけれども、私が物心ついた時から、自分の容姿についてはげそうなほど悩んでいたからです。
その悩みはこじれにこじれて、31歳になった今でも終わることはなく続いていますが、小学6年生当時も、私にとってかなりの悩みの種でした。
とにかく、自分の容姿が気に入らなくて、憂鬱で、とにかく顔がブサイクで、モテなくて、そのことがつらくてつらくて、しんどくて、しかたありませんでした。
両親にそのことを打ち明ければ、何も理解してもらえず、ただひたすら、「親に失礼だ!親をバカにしているのか!」と一方的に罵倒され、親に怒鳴られ、殴られました。
人様から「かわいい」と言われたことなんて、一度もありませんでした(両親やおじいちゃんおばあちゃんは言ってくれましたが、そんな親族からの「かわいい」とは、私にとって無意味・無価値でした)。
だから、菅井くんの「かわいいよ」が、私にとって、どれだけ何ものにもかえがたい、喜びとありがたさと涙だったか、想像がつきますでしょうか。
上手く説明できないのですが(伝わるかなあ)。

私は31歳になった今でも、他人から「ブス」とか「かわいくない」と言われたことは数えきれないほどあっても、他人から「かわいいよ」と言われたことは、この菅井くんの一件以外は一度もないのです。
毎日自分の顔がいやでいやで、本当にいやで、しんどいけれども、この小学6年生の時の菅井くんの言葉を思い出しては、ありがたさがこみ上げ、
この言葉だけで一生がんばっていこう、一生ささえになるであろう、そう思うのでした。

ただ、ひとつ心残りなのが、そんな貴重で大切で優しくありがたい言葉に対して、私が素直に「ありがとう」とか「うれしいです」と言えなかったことです。
菅井くんは、当時小学6年生で、しかも男子なのに、非常に落ち着いた人で、心も完全に大人でした。
だからこそ、面と向かって「かわいいよ」と言えたのだと思います。
普通、小学生の男子なら、クラスの女子に「ブース!!ブース!!!!!」なんて言う年頃です(たとえその女子が本当はかわいい子であったとしても)。
本当に、菅井くんは、すごく立派な人だったんだなあと思います。
一方、私は、女子のくせに、精神年齢は小学生男子と同じでしたから(31歳になった今でも、成人男性のように、心が少年のままというか、大人になれないでいます。女性なのに)、
菅井くんの「かわいいよ」に対して、「やっぱり~?そうよね!」とお笑い的なニュアンスで照れ隠しというか、おちゃらけて、ごまかしてしまいました。

私は本当にアホです。
菅井くん、ありがとう。すごくすごくうれしかったです。本当に、本当に、ありがとう。
これからも、私は、菅井くんの言葉を心に、どんなに容姿に傷ついたときも、なんとか心をだましだまし、生きていけると思います。