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福澤さんの悩みを共有してみよう

いろんな人に悩みをうちあけたら、「それは誰でも同じことだ」という旨を言われることが非常に多いなと思いました(なんかあまり親切じゃないですよね)。それならば、悩みを共有できる場を作って、少しでも多くの人が見せかけでも安心が得られるように、とブログを作ることにしました。

福澤さんと船員学校

私は、今年の8月、船員学校を受験しました。
6月に、今の職場での変化がいろいろあって、転職をしようと思ったからです。
ハローワークに行って転職相談をして、いろいろと調べていて、ふと、「船員」という仕事にビビビと来ました。
船員は、航海士と機関士にわかれることが多いですが、特に航海士に魅力を感じました。

善は急げということで、まずはオープンキャンパスです。短大と大学両方行きました。
大学のほうは自由に学内をまわるという感じでしたが、短大のほうはプログラムが決まっていました。
大学では模擬講義がありました。船長の役割について。
講義はちょっと数式が多くて混乱しました。
こんなんでやっていけるのか……。
自信がなくなりました。
周りの参加者のみなさんは18歳の高校生ばかりだったと思うけど、みんな理解できたんだろうか……。
すごいなあ……。

短大のほうではひたすら体験が待っていました。
まず、モーターボートで沖に出る。これがすごく怖かった。
20分くらいかな。観光名所のほうまで周ってくれたけれども、とにかくモーターボードが怖くてそれどころではなかった。
「こわいです!」と同乗してくださった在校生にむかって叫んでいたのは私だけでした。
でも私は手すりとかなにもない席だったんだよ~。
みんなはモーターボート乗ったことある?私はジェットコースターより怖かった!
同伴者(保護者)のみなさんは、手漕ぎボードだったらしいよ。もっとこわいね。 
その後はロープワーク。船乗りが身につけるべきロープの結び方を体験したよ。
難しかった。同伴者も一緒に教室に入れるんだけど、同伴してた父が「お前が一番うまかった!」とほめてくれたよ!
わーい親バカだぜ!!
あとエンジンの見学して、エンジンの音の大きさに恐怖して、シュミレーターで船の操縦をして画面に酔った。
シュミレーターでの船の操縦は緊張して難しかったなあ。
それから寮の見学もした!
あと、食事も出たの。冷やし中華。父と食べてたら、ボートに同乗してくださった在校生がきてさ、
いろいろお話をきいたんだ!すごくさわやかでまじめでいい人だったの。
その人は大学卒業してから船乗りの道に入ろうと思ってこの学校に来たって言ってた!
私も大卒だから大丈夫かな、とか思いながら話聞いてたけど、この人、まだ25歳だったかな、若いんだよね。
三十路の私とはわけがちがったぜ!ははは!
でも35歳くらいまでなら大丈夫って言ってました。内航なら。

短大と大学受けましたが、短大は合格して、大学は一次受かって二次は辞退。
さあ、来年から新しい生活が始まるのだ!!航海士になるんじゃ!もう今の生活はおさらばだ!

と思いきや、急に心身の状態が悪くなり、「船……乗れるわけがない……」という精神状態になり、入学を辞退してしまいました。大学の二次試験を辞退したのもこれが理由ですね。
航海士になろうと思い立って準備してきたこの数か月、夢のように楽しかったののにもかかわらずです。
でも今思えば、このときはただ仕事をかえたいだけで、船に乗ることに怖くなったのかも。
「とうしょうれい」も怖くてできないし……(とうしょうれいって知ってる?調べてみて!怖いから!!)。

今でももちろん仕事はかえたいですが。
この心の急変はなんといえばいいのかうまく説明がつきません。
その後1か月くらいどんどん体調が悪くなりました。精神的にも落ち込んでしまい(鬱ではない)、睡眠や食事に影響が出て、動けなくなって仕事にも行けなくなる日が出てきました。

朝仕事に行こうとしてバタンと気を失って倒れたりもしました。
完全に地獄のような感覚になりました。夢も失ったし、身体は動かなくなるし。
病院の先生の診察の結果、しばらく仕事を休むように言われ、診断書を渡され、休養期間に入りました。一週間もの長い休養でした(本当は三週間休むように言われていましたがさすがにそれはできず)。
そんな感じで今に至ります。
仕事ね、かえたいけれども難しいよね。どうするかね。悩んでいます。今も続けてるけど。

船、いい選択肢だと思ったんだけどな。今の職場つづけるのもどうかなーという事情があるし、これからどうしようね。